07/29
Thu
2010
臨也が池袋に来なくなって1週間が経った。
≪これを臨也に届けてやってくれないか。≫
セルティが差し出したのは、小さな紙袋だった。
「え・・・何で、俺が」
≪話は全部新羅から聞いた。≫
「!・・・そう、か。」
≪臨也が最近よく笑うようになったのは、静雄のおかげだったんだな。≫
「それは、考えすぎだろ・・・」
≪静雄も、同じだった。≫
「?」
≪最近の静雄もよく笑っていた。・・・なあ、静雄。お前が笑うようになったのは、本当に喧嘩するのが減ったからなのか?≫
「・・・な、に言ってるんだセルティ。そんなの当たり前だろう?」
≪じゃあどうして今は笑っていない?≫
「!!」
≪・・・静雄、たぶんお前は自分の気持ちに気づいているんだろう?理解しているんだろう?≫
「………」
そう わかってた
あの泣き顔を忘れられない時点で
いや
きっとそれよりももっと前に
≪けじめ、つけてきたらどうだ?≫
「・・・そうだよな。ありがとなセルティ。ちょっと行ってくる」
静雄はセルティから紙袋を受け取ると、すぐさま新宿へ向かった。
++++++++++++
≪この間、薬をもらってないみたいだから、これから届けに行く≫
セルティからのメールに正直臨也はありがたく思った。最近ほとんど眠れず、精神的に参っていたからだ。
だから、油断した。
覗き穴を見ずにドアを開けてしまった。
「はいはーい、運び屋わざわざありが、・・・・ど、して」
「セルティの代わりに来た。・・・お前と話がしたくて代わってもらった。」
そこにいたのは、今1番会いたくて、1番会いたくない男だった。
どうして家に入れてしまったのか。臨也自身、分からずにいた。
もしかして何か期待しまったのだろうか。「あれこそが嘘だったんだ。本当に好きだった」って?そう考えた自分に臨也は笑った。
馬鹿馬鹿しい。そんな訳無いだろうが。彼のことだ、彼の性格上、あの別れ方は心残りだったんだろう。
きっとその事についての謝罪的なことを言いにきただけだろう。
だったら早く聞いてさっさと帰そう。そう思った臨也は自分から切り出した。
「で、話って何?ああ、この間のこと?どーせシズちゃんのことだから謝りに来たんでしょ?別にわざわざそんなことしなくていいのに。・・・俺は気にしてないんだからさ。」
「ああ・・・それに関しては謝る。悪かった。」
「・・・っ、はいはい、もう分かったから。じゃあもう用は済んだよね?さっさと帰ってくれる?」
「いや、まだ話がある。」
「は?」
「俺と、もう一度付き合ってくれないか」
パンッ
「っけんな・・・・!」
静雄は一瞬何が起きたのか分からなかった。微かに頬に痛みを感じ、ああ俺叩かれたのかと実感したが、臨也の顔を見た途端、それはすぐ吹っ飛んでしまった。その顔は1週間前に別れた時と同じ、泣き顔だった。
────ああ、俺はまたこいつにそんな顔をさせてしまった。
「ふざけんな!バカにすんな!何、また新羅にでも言われたの!?もう一回付き合って今度は俺を大人しくさせろとか言われた!?悪いけど俺はそんなのに付き合うほど暇じゃない!!それにっ・・」
『付き合ってくれ』
微かに期待していた事を言われた。しかし臨也は嬉しくなかった。その前に言われた静雄の謝罪が原因だった。
付き合った事を謝られた。それはつまり、『好きでもないのに付き合った』という事。
それを分かっててもう一度付き合うことは、今の臨也には耐えられなかった。
「それに俺はっ・・・俺はそんな軽い気持ちでシズちゃんを好きになったわけじゃない!!」
「違う!」
そう言って静雄は臨也の腕を引っ張り、臨也を抱きしめた。
「!は、放し・・・」
「違う、そんなんじゃねえ・・・!!確かに手前と付き合ったのは自分の平穏を手に入れる為だったし、・・・・手前の告白だって真面目に受け止めなかった。けど今は違う。今は・・・
臨也が好きだから臨也に触れたいし、臨也が好きだから臨也をこうやってずっと抱きしめてたいし、
臨也が好きだから、
臨也と付き合いてえと思ってる。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・い、ざや?」
告白と、臨也が離れないよう抱きしめるのに必死で、臨也が大人しくなっているのに今更になって気がついた。
せっかく一世一代の告白をしたと言うのに、何にも反応をしてくれないのはさすがに辛い。
そう思った静雄は抱きしめていた腕を少し緩め、臨也の顔を窺った。
「・・・手前、顔がすげえ赤くなってるぞ」
「うっうるさい!だっ・・て、シズちゃんがす、好きだって何回も言うから!!今、今までシズちゃんがちゃんと言葉にして『好き』って言ったことなかったから・・・!!」
「・・・なんだ、手前嬉しいのか。」
「う、うれっ・・・!そんなわけないじゃん!ばかじゃないの!!」
告白、というか自覚するだけでこうも変わるのだろうか。いや、それとも赤面する臨也なんて初めて見たからだろうか。
どちらのせいにしろ、今の臨也は静雄の目から見て、とても可愛く見えた。
「ふーん。まあ、とりあえずそういう事にしといてやるよ。で、返事は?俺今手前に告白したんだけど」
「なっ!・・・それ、は、さっき言ったじゃんか・・」
「いや、改めてちゃんと聞きてえ。手前が俺の事どう思ってるのか。・・・臨也がちゃんと言ってくれたら、俺も何度も、手前が飽きるまで言ってやるよ。」
「・・・・それ俺の答えが分かってる前提で言ってるよね?」
「うるせえ。俺が手前の口から聞きてえんだよ。だから、言えよ。」
「う・・・ぉれも、シズちゃんがす、き、です・・・」
「ん。俺も好きだ。」
ああ、自分がしたことはすげえ最悪だなと、静雄は思った。
だってこんなにも、告白に勇気がいるなんて知らなかった。好きな奴に「好きだ」と返されるのがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
知らなかったとはいえ、臨也のこの気持ちを利用した時の自分を殴りたくなった。
「・・・・・もう1回あんなことしたら今度こそ殺すからね。」
「2度とするかよ。だって俺は今臨也のことこんなに好」
「も、もういい!もういい!恥ずかしいからもう言わないでえええ!!」
臨也が流していた涙はいつの間にか止まっていた。
静雄の連続告白に恥ずかしすぎて、というのも理由に含まれるだろうが、きっとそれだけではないだろう。
もうこの恋は、ひとりよがりではない。